「なに?」
無表情に問いかける美鶴に向かって、聡がズイッと袋を突き出す。駅前のコンビニ袋だ。
「肉まん。お前、好きだろ。どうせメシなんて作るつもりもないんだろうし、少しは食えや」
「……別にいいよ」
断る美鶴の胸の内に、無理矢理に袋が押し込まれる。仕方なく受け取ると、聡は視線を足元に落とした。何か言いたそうだが、なかなか言い出さない。
「それだけ?」
冷たく突き放すように尋ねると、口を開いたのは山脇だった。
「明日は学校行く?」
「……なんで?」
「いや、行くのかなぁと思って。明後日からGWだろ。だから、明日も休んじゃうのかなぁって」
GWか。そんなの忘れてた。なんか気も乗らないし、休むのもいいかな?
ぼんやり考える美鶴に向かって、聡が顔をあげる。
「でもまぁ、出て来いや」
「なんでよ?」
刺々しい口調に聡はため息をつく。だが、それを咎めようとはしない。
「なんでって、まぁズル休みは良くねぇよ」
「あんな事になって精神的に参ってるとは思うけど、一度休んでしまうと、どんどん行きづらくなるからね」
山脇が付け足す。
「……別に、私が休もうとどうしようと、私の勝手でしょう」
「勝手じゃねぇよ」
聡が小さく呟くのを、美鶴は無視。
というよりも、どう答えてよいのかわからない。
言葉を失った三人の周囲を、居心地の悪い空気が取り巻く。我慢しきれず、続いた沈黙を破るように それだけ? と美鶴が問う。二人とも渋々頷く。それを見て、無愛想に扉を閉めようとする。
突然聡が扉に手をかけた。
「俺っ」
思わず口を開いてしまったというような感じで、その後の言葉を少し躊躇う。だがやがて、意を決したかのように息を吸い込む。
「俺さ、やっぱお前のこと好きだよ」
…………
面食らってしまい、声も出せない。
呆ける美鶴から視線を外す。自分のつま先を見て、軽く唇を噛む。
「でもさ、お前がどう思うかは… お前の勝手だからな」
何も言えずにいる美鶴に向かって、今度は山脇が口を開く。
「僕も、君のことが好きだ」
ちょっ…
「君がそれをどう思うかは君の勝手だ。もちろん受け入れてくれなんて言わない」
精巧に整えられた、と言うほど整ってはいない、まさに絶妙のラインで形作られた顔立ち。優しくて、それでいて力強い瞳が笑った。
「君が君自身をどう思うかも、どうなりたいと思うのも君の勝手だ。でも、僕から見て、君はやっぱり素敵な人だと思う。昔の君は明るくてまっすぐで素直で、そして今の君もそうだと思う。僕はそう信じている」
聞いているこっちが恥ずかしくってたまらない。海外戻りってみんなこうなのかっ?
「違うかもしんないじゃない」
小っ恥ずかしさを隠すように、口を尖らせてそっぽを向く。
「そんなことないよ。コーヒーの量にまで気を使ってくれたじゃん。君はそういう子なんだよ」
カッと顔に血が上る。
そんな美鶴を見て山脇は笑いながら、だが少し声のトーンを落とした。
「でも、敢えて贅沢を言うなら、君はもっと素敵になれると思う」
みるみる真顔になるのを、美鶴はまともに見られない。
……まともに目を見て聞く言葉じゃないよな
「それは君自身も思っていると思う。今の君は、もっと賢く聡明になりたいと思っている。他の人間よりもそうなりたいと思ってる。でも、本当に賢いということは、バカにされたり騙されたりしないようにすることばっかじゃなくって…… バカにされてもそれを受け止めて乗り越えていくこととか、そうなることを恐れずに信じることも含まれるんじゃないかな?」
そこまで一気に語り、ふふっと自嘲気味に笑った。
「エラそうに言える立場でも、ないんだけどね」
「お前はさ、バカにされて嗤われたとかって言ってたけど…」
少し目を細めた聡が続ける。
「お前のことを嗤ったヤツらって、本当はお前のことが羨ましかっただけなんだよ」
細い瞳が優しく見下ろす。
小さい頃から知っていた、ヤンチャで無邪気な少年。いつの頃から、こんな優しい瞳で笑うようになったのだろうか?
「アイツらはさ、澤村に告るようなまっすぐなお前がさ、羨ましかったんだよ。俺も正直、お前のそういうところが羨ましくもあるし、そういうところが好きだし、今もそうだと信じてるよ」
と、突然聡のポケットで携帯が鳴った。取り出して画面を確認し、肩を竦める。
「おふくろ。再婚したばっかだから、俺が新しい家庭に馴染めるかどうか心配しててさ。やたらメールしてくるんだ。この間一晩帰らなかったら大騒ぎだよ」
鬱陶しそうな言い草だが、顔はそれほど嫌がってはいない。
「じゃあ、帰ればよかったのに」
「お前とコイツを二人っきりになんて、できっかよっ」
美鶴の鈍感な発言にため息をつく。だが、諦めたように軽く手をあげて、掴んでいた扉を放した。
「じゃぁな」
無意識に扉を閉めていた。
扉の向こうはしばらく無音。だがやがて、二つの静かな足音が去っていった。
羨ましいって…… 何がよ?
戸惑いながら思案する。
私の何が羨ましいっていうのよ。他人に羨ましがられるようなモノなんて、なんにも持ってない。持ってなかった。
見かけなんて野暮ったいだけだし、あの頃の私は勉強だって大してできなかった。テニスだって補欠だったし、貧乏だし……
まっすぐなお前がさ、羨ましかったんだよ
それって、ただ単にバカで単純だってコトじゃない?
あまり褒められた気がしない。
だが聡は、そんな美鶴が好きだと言う。
そんなコト、あるワケがない。
二人の笑顔が浮かんでは消える。手の中では、季節の終わりかけた肉まんの温もり。
ホワッと…… 広がっている。
翌日、美鶴は登校した。
一人で登校するのが久しぶりのような気がした。電車の中でも学校へ向かう路上でも、常に美鶴へは視線が注がれていた。ヒソヒソとした囁き声も聞こえてきたが、どうでも良いことであった。それよりも、自分自身がわからない。
登校しよう! と明確に決心したワケでもないのに、なぜだが自分が学校へ向かっている。
ズル休みなんてしたら、浜島に何言われるかわかんないじゃん
そういう理由で自分は登校しているのだと自身に言い聞かせてみる。だが、どうもしっくりこない。
事件の後からずっと靄のかかったような頭を抱え、校門を通り抜ける。
もう少しで校舎に辿り着くというところで、後ろから肩を掴まれた。振り返ると、二重のクリクリ目が覗き込む。
「おはよっ!」
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